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ワタクシarchive(2)

ふたたび、ワタクシarchive

2012年の作文です。

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有限の中の無限
  ―――野良でのつぶやき

 ぼくは映画が好きだ。印象深く思い出される作品に「海の上のピアニスト」という十数年前の作品がある。
 物語の時代は20世紀初頭、米欧間の大西洋を往復する客船の中で置き去りにされた乳児が船員に育てられ、やがて天才的なピアニストに成長する。彼はただの一度も陸に上がることはなく、生涯を船上で送る。ある時彼は乗客の女性と恋に落ち、船の仲間から、陸に上がれば新しい人生の可能性が無限に広がると説得され、ただ一度だけ船を降りる決心をする。いざ降船のその時、桟橋の途中で立ち止まってニューヨークの街を眺め、思案の挙句、きびすを返して船に戻る。そして唯一無二の親友に彼は言う。
 陸の世界はいったいどこから始まりどこで終わるのだ? 自分は船の舳先(へさき)から艫(とも)の間で十分に生きていける。たった88鍵しかないピアノの端から端までの有限の中で、僕は無限の音楽を奏でるんだ。有限の世界の中で生きる人間が無限なんだ…、と。

 昨年の原発事故で、東日本の多くの地域社会が傷つけられた。故郷を後にせざるを得なくされた人々の中には、生れてこのかた村から一度も出たことがないという人々も少なからずいるそうだ。そのような人々とともに、その地域共同体の中で長い年月、何世代も経て営まれ培われてきた、有形無形のさまざまな生活の智恵やら文化的なあれこれ…も失われてしまうのだろうか。近代的な価値観や経済的な合理性でもって評価しえなくとも、まさに地域という有限の中でこそ生まれた、無限の価値をもったものがあっただろうに。
 世界中の人々が米国並みの生活をしたら、地球があと2、3個いるなんて話も聞く。野放図に広がるあさましい欲望によって生み出されてきた、始まりも終わりも分らないほどの世界。その挙句の果てがこんなことに…?

 国土を奪われたある民族は「穫れた初物を味わう」共同体のイメージをもつという。他から収奪されない・他を収奪しない共同体…いつしかぼくも漠然とそんな思いを胸に農に向かって行った。今、ぼくは知多半島で百姓として生活している。耕作する数十アールという面積は、一人では持て余すほど広いのだが、どんなに大きな地球儀でも、針で刺した点ほどにもならぬ面積だ。足元の土のほんの一握りの中にでさえ、バクテリアなどの生物が何億といて、無機・有機の物質が循環する、人知の及ばぬ無限の世界が広がっている。
 そんな有限の中の無限を感じさせる田畑にあって、ぼくは先ず、愛する大切な人のためにおいしい食べ物を届けたいと、種をまく。それは僕なりの百姓のロマンだと思っている。ある先輩農家には「俺たちは人様の胃袋を養う使命があるんだぞ」と言われる。確かにそうなんだけれど、正直に言おう、ぼくはいまだそんな大上段に構えられないでいる。もちろん自分の育てたものを世に送り出す責任感はちゃんとあるつもりだけれど…。そりゃ生活かかっているから、時に収穫物を見て算盤弾いてることあるけれど…。
 さ、今日も畑の草取り。向こうの畔まで、あ~限り無く遠く感じる…?!

  海の上のピアニスト

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ふき村・黒田農園

Author:ふき村・黒田農園
知多半島の真ん中、武豊町冨貴(ふき)地区で有機農業をやってます。
「一人農業」で畑も田んぼも…農薬や化学肥料を使わず日々キリキリ舞いしながら、でも適当に手を抜きながら?「ぐうたら」と開き直って、少しでもおもしろおかしく暮らしたいな…。
・・・と呑気な「一人農業」から一転、現在は3人の農業研修生を受け入れ、日々にぎやかに奮闘中?!
★連絡先はホームページにて
 (リンクからアクセス⇒⇒)

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